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2度「辞表」を叩きつけた決断の季節に思う。

こんにちは。
菅谷信一です。

今、長野茅野市の講演会場に
「特急あずさ」で向かっています。

前号でご紹介した
八ヶ岳ライフの朝倉さんとも
お会いする予定です。

さて、9月になると
いつも思い出す光景があります。

それは、
「辞表」です。

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あなたは、
「辞表」を叩きつけたことは
ありますか。

私はこれまでの人生で
二度ほど「辞表」を
叩きつけたことがあります。

一度目は、上司に叩きつける
度胸がなかったので
心の中で叩きつけましたが・・・

一度目は、1995年。26歳のときに
最初に就職した日立製作所関連会社で。

当時、総務課所属の
フツーの事務員だった私は、
「このままで俺の人生いいんだろうか。」
と毎日、暗中模索を繰り返す日々。

「こりゃ、会社を辞めなきゃ
何も変わらない。」

と考え、
次の就職先も決まらぬまま
辞表を出したのでした。

二度目の「辞表」は、
次に就職した
「社会福祉法人 茨城福祉工場」。

講演や著書の中でもときどき
触れている障害者の施設ですね。

「障害者に最低賃金を稼がせる」
事業企画をしていた私は、
年商3000万円の事業をゼロから創出し
社内を肩で風を切って歩いていた頃。

ちょっと恥ずかしい・・・

当時、年収280万円だった私は、

「こんな給料だったら結婚もできんわ。
自分でビジネスやったるわい。」

とまさに辞表を叩きつけたのです。
2000年の9月のことです。

しかし、
「人間万事塞翁が馬」。

私は、2001年4月1日に
四畳半のアパートの一室で
「ひとり起業」ながらも
創業を果たしたのでした。

そして、こうして
好きなことを仕事にして
17年が経ちます。

気がついたら
著書も9冊出版し、
講演回数も300回。

17年で年収も軽く
10倍は超えました。

もし、その職場が満足のいく待遇だったら
私は「辞表」を叩きつけることも
独立開業することもなかったかも知れません。

ですので、今思うと、
「年収280万円」で
こき使ってくれた会社に感謝!
ということになります。

そして叩きつけた辞表を
受け取ってくれた会社にも
感謝しかありません。

私にとって、9月は
人生2度の「辞表」を叩きつけた
決断の季節。

今では毎日が決断の日々ですが、
お互い良き決断によって
素晴らしい未来を創っていきたいですね。

では、素晴らしい週末を。

菅谷信一

追伸:

来月、全国講演に回ります。
お近くの方は会いに来てくださいね。

10月13日 函館商工会議所
10月18日 明石商工会議所
10月19日 蕨商工会議所
10月24日 足尾町商工会
10月27日 藤枝商工会議所

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