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菅谷信一が天職と出逢うまで。

ネットコンサルタントの菅谷信一は、平成4年に大学卒業後に「取説・マニュアルのライターになろう」と日立製作所の関連会社(株)日立アイ・シー・シーに入社。

しかし、大企業の中で個人の希望は叶えられるはずがなく、総務課人事担当に配属され、学生採用のための学校訪問、面会などの毎日。

「本当にやりたかった仕事は、創造的な仕事だったのに」という本音を胸に秘めて、仕方なく行う仕事はミスの連続。減点法的評価の大企業で、たちまち「ダメ社員」のレッテルを貼られた。入

社三年半が経過しようとしているとき、病に倒れた父の姿に「今が人生を変えるとき」と直感し、転職先も決まっていないまま突然、退職。

大企業に居続ければ安定的な収入が保障されていたが、それ以上に「本当にやりたい仕事を見つけたい」という気持ちが上回り、ハローワークめぐりを半年間。

そこで偶然見つけた障害者施設「茨城福祉工場」の作業指導員の求人。「小さな会社なら思い切って何でも出来そうだ」と、平成8年2月に障害者50名がハンダ付けとパソコン作業に従事する福祉施設に職員として入社。「

業績が悪く大赤字だから、何か障害者にやらせるビジネスを考えてくれ」。入社初日にそう言われた菅谷は、自由に仕事を企画していい環境で「水を得た魚」に。当時、ウィンドウズ95の登場でパソコンブームに沸く市場にピンと来た菅谷は「一般市民向けパソコンスクール事業」を立ち上げ、障害者2名を起用したこのビジネスは年商1500万円に。

新事業が軌道に乗ると、「もうひとつ新規事業を考えてくれ!」という施設の命令に意気揚々と2つ目の新規事業の企画に取り組み、始めたのが当時黎明期の「ホームページ制作サービス」。「ゼロからモノを創造するクリエイティブな仕事。これがオレのやりたかった仕事だ!」と障害者施設の中の社内起業家として、初めて天職とめぐり合った実感を得る。

入社5年が経ち、「ホームページ制作事業を地元の中小企業にターゲットを絞って展開してみたらどうか。」と平成13年4月に所持金30万円、アパートの4畳半の一室で独立開業。「アームズ・エディション」を設立。

泥臭い営業と面倒見の良いアフターサービスが奏功し、12年間に350件の中小企業ホームページを企画制作。そのホームページは、ノーベル賞を輩出する国の研究機関、一部上場企業から個人商店、 農家まで多岐に及び、平成22年3月に開港した「茨城空港公式ホームページ」の制作も担当した。

「今まで培ってきた問い合わせが獲れる本当のホームページ作りを体系化して、一冊の本にしたい」という夢も、出版コーディネイター・小山睦男氏のサポートにより実現。「ネット経営逆転の法則」(ごま書房)、「問い合わせ数が4.7倍になる超戦略型ホームページ企画術」(ソシム)を平成22年秋に続けて出版。

従来行っていた講演の依頼も激増し、毎月約10万円をチャージするコンサルティングも申込みが殺到するなど、戦略型のネットコンサルタントとして全国を走り回るまでになった。

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