おはようございます。
菅谷信一です。
今、羽田空港におります。
昨夜、三鷹市商工会での
YouTube講演を終えて帰宅。
これから松山市の
企業研修と企業コンサルの
Wヘッダーに向かいます。
昨日は、4月19日。
14年前の4月19日、
私はタイ北部の田舎町、
コンケーンにいました。
当時、サポートしていた
私の古巣・宮田ジムのボクサー、
内藤大助選手の世界タイトル初挑戦の
スタッフとして同行していたのです。
挑戦者コーナーは、
私も含めて総勢6名。
完全なアウェーで、
しかも気温は40度。
4月のタイは一年で一番熱いそうです。
そんな灼熱地獄で、
北海道出身の内藤選手は
世界王者に挑戦しました。
「明日は、せめて曇っているといいねえ。」
前日にそんな話をしていたのも虚しく
試合当日は完全なピーカン。
結果は・・・
この動画の通り、
初回34秒で、秒殺されてしまいました。
私たちは、思う存分世界戦を戦った
という記憶もないままに
タイをトボトボと後にしたのでした。
日本に帰ってきて手にした
スポーツ新聞の見出しや
ネットの書き込みに驚きました。
「世界挑戦10年早い!」
「日本の恥。」
でもそこから、誰も注目しない
内藤選手の「リベンジロード」が
始まったのです。
内藤選手とふたりで
バッグを担いで日暮里のジムまで
出稽古に出掛けたことも、
いい思い出です(^^)
それから5年。
2007年7月。
内藤選手は3度目の挑戦を
実らせ、ついに世界のベルトを
手にするのです。
今度の新聞の見出しは
「国民の期待!」。
マススコミの態度は極端ですね(^^)
おかげで私も
内藤選手のコーナーのスタッフとして
6回も世界戦のリングに上がることが出来ました。
・1分50秒過ぎにチラッと私の姿が。
毎年4月19日が来ると
思い出します。
「ここから始まったんだなあ。」
「諦めちゃいけなんだなあ。」
と。
内藤選手とともに歩んだ9年間。
そこで学んだことを形を変えて
今、私は小さな会社に伝えている
ような気がします。
「諦めちゃいけない。」
そして、
「十分な戦略立案と日々の努力を」。
このあたりは、ボクシングも
ビジネスも同じですね。
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それでは搭乗の時間です。
行ってきます!
菅谷信一


